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東京高等裁判所 平成元年(ネ)2962号 判決 1990年6月27日

主文

一  原判決主文第一項ないし第三項を次のとおり変更する。

「一控訴人は、被控訴人に対し、金九八七万三〇〇〇円及び内金五一五万三〇〇〇円に対する昭和六三年三月一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  控訴人は、被控訴人に対し、昭和六三年三月から平成一四年一二月まで毎月末日限り一か月金六万円の割合により金員を支払え。

三  被控訴人のその余の本訴請求を棄却する。」

二  控訴人のその余の控訴を棄却する。

三  控訴費用は、第一、二審及び本訴、反訴を通じて、これを四分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。

四  この判決は、被控訴人勝訴部分について、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の本訴請求を棄却する。

3  被控訴人は、控訴人に対し、二六四万六〇〇〇円並びに内金二六二万一〇〇〇円に対する昭和六三年一一月一六日から、内金二万五〇〇〇円に対する平成元年五月三一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は、控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり改めるほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決七枚目表九行目から同裏五行目までを削除する。

2  原判決八枚目表六行目冒頭に「4」とあるのを「2」と訂正し、同行から一〇行目までを同七枚目裏五行目と六行目の間に移記する。

3  原判決八枚目表五行目と六行目との間に次のとおり挿入する。

「4 停止条件未成就

また、本件契約は、控訴人が右契約時の勤務先に引き続き雇用され、右当時と同額かそれ以上の給料を得ていることを停止条件とするものである。ところが、伝統的な終身雇用制度が変容しつつある現在、右停止条件が成就するかどうかは給料の支払期日が経過しないことには不明である。したがって、被控訴人の本訴請求中少なくとも停止条件未成就の将来の給付請求部分は、認容されるべきではない。」

4  原判決八枚目裏七行目から九行目までを次のとおり訂正する。

「2 同2の事実は否認する。」

5  原判決一〇枚目裏三行目から五行目までを削除し、同六行目の「6」を「5」と、同一一行目の「7」を「6」とそれぞれ訂正する。

6  原判決一一枚目表八行目を削除し、同九行目の「4」を「3」と、「6」を「5」とそれぞれ訂正する。

第三  証拠<証略>

理由

一  当裁判所の判断は、次のとおり改めるほかは、原判決理由第一及び第二と同一であるから、これを引用する。

1  原判決一一枚目裏六行目の「第四号証、乙第五号証」を「第五号証及び第一九号証、原本の存在及び成立に争いがない乙第一五号証」と訂正し、同八行目の「第六、」を削除し、同一二枚目裏一行目の「財産」から同三行目の「考え」までを「本件マンション及び預貯金全部を渡すから離婚してほしいと言うようになった。しかし、被控訴人は、当時株式会社西部クレジットに勤務し、年間約九二万五〇〇〇円の給料を得てはいたものの、右給料だけでは本件マンションの住宅ローンの支払いをするのがやっとで、生活をしてゆける見込みがなかったので」と訂正し、同一三枚目表二行目の「外、」の次に「当時三六歳であった控訴人がその勤務先の会社を六〇歳で定年退職するまでの間」を挿入し、同裏一行目の「住宅ローン」の次に「支払のため」を、同二行目の「六万円」の次に「(以下「住宅ローン分」という。)」を、同三行目の「半額」の次に「(以下「給料分」という。)」を、同行の「残額」の次に「(以下「賞与分」という。)」をそれぞれ挿入し、さらに、同八行目と九行目の間に次のとおり挿入する。

「そして、控訴人は、昭和六〇年七月初めころ本件マンションを出て被控訴人と別居し、同年八月ころから中野区のアパートで律子と同棲を始め、昭和六一年一月五日律子との婚姻届を出し、同年五月一四日同女との間に長男をもうけたが、長男は昭和六三年一二月二二日死亡し、現在は妻律子との二人暮しである。」

2  原判決一五枚目表二行目から同一六枚目裏五行目までを削除する。

3  原判決一六枚目裏六行目の「六」を「四」と、「4」を「2」と、同九行目から一〇行目にかけての「があり、また前記のように」を「及び」と、同一一行目の「抱いており」から同一七枚目表二行目の「本件契約」までを「抱いていたとの部分があり、また、<証拠>によれば、本件マンションの価額は現在約四五〇〇万円近くしていることが認められ、さらに、控訴人の昭和六〇年五月における手取給料額は二二万〇三八七円であり、昭和五九年一二月の手取賞与額は八〇万二二二二円、昭和六〇年七月のそれは七一万九五八一円であったことはいずれも当事者間に争いがないから、本件契約」とそれぞれ訂正し、同六行目の「無職であったから」を削除し、同裏一行目の「本件契約」から同五行目の「認められる。」までを「本件契約内容の金銭の給付を提案したのである。」と訂正する。

4  原判決一八枚目裏四行目から同一〇行目までを次のとおり訂正する。

「五 抗弁3について

控訴人が離婚に際し被控訴人に対して本件マンション及び預貯金約五三〇万円を給付したこと、被控訴人が控訴人に交付したのは五〇万円だけであることは当事者間に争いがない。そして、本件契約がその約定どおり履行された場合には、控訴人の給料及び賞与の額を右契約時のそれで計算してみても、被控訴人は、住宅ローン分として合計一六五六万円、給料分として合計二二〇八万円及び賞与分として合計三〇三六万円の総計六九〇〇万円の支払いを受けることになることは、計数上明らかである。また、<証拠>によれば、本件マンションは本件契約時には二〇〇〇万円を上回る価値を有していたことが認められ、それから約五年を経過した現在本件マンションが四五〇〇万円近い価値を有していることは前記認定のとおりである。したがって、控訴人と被控訴人の年令、婚姻年数及び経済的状況等からすると、控訴人が被控訴人との離婚に当たり被控訴人に対してし、及び約した財産的給付は、離婚に伴う財産的給付としては通常の場合に比してかなり高額すぎることを否定することができない。もちろん、だからといって、本件契約が直ちに公序良俗に反するとまでいうことができないことは、前示のとおりである。しかしながら、控訴人が本件契約を履行していった場合、右契約時における控訴人の給料及び賞与の額を基礎として計算すると、控訴人に残される給料は毎月約八万円、賞与は年間二〇万円にすぎないことは前示のとおりであり、<証拠>によれば、その後控訴人の給料及び賞与が増えていっていることが認められ、それにつれて控訴人に残される毎月の給料の額が増えていっていることは明らかであるが、その点を考慮しても、控訴人の毎月の給料は住宅ローン分と合わせるとその半分以上が、年間の賞与は二〇万円以外はすべてが被控訴人に支払われることになり、控訴人は、この控訴人に残された給料と賞与とで控訴人とその妻律子との二人の生活を維持していかなければならないわけである。そして、<証拠>によれば、控訴人は、アパートを賃借して月額五万七〇〇〇円の賃料を支払っていることが認められることを考慮すると、その生活は相当苦しいものであることが伺われる。他方、被控訴人は、前記のとおり、本件契約当時も就職して収入を得てはいたものの、当時は控訴人と結婚して主としてその収入によって生活していたのであって、自活を考えていたわけではないから、自己の収入だけでは控訴人と離婚後本件マンションの住宅ローンを支払うと生活に窮する状況にあったが、被控訴人と控訴人とが離婚した昭和六〇年一一月二日から本件の最終口頭弁論終結の日である平成二年五月一四日までに既に約四年半が経過しており、被控訴人は、この間に自活を考えて生活設計をしてきたであろうし、その勤務先からの収入も離婚当時よりはある程度増えているものと解されるし(被控訴人は、当裁判所からこの点を明らかにするように求められたにもかかわらず、これに応じようとはせず、右と別異に解すべき証拠もない。)、本件マンションに居住していて住居費も必要ないことを考えると、控訴人から本件契約に基づく住宅ローン分の支払が継続されるときは、一応その収入だけで生活してゆくことが可能な状況にあるものと認められる。しかも、本件契約に基づく金銭給付を継続してゆくときは、以上の事実から明らかなように、被控訴人の収入は、住宅ローン分の六万円を別にしても、控訴人から給付される金銭給付だけでも控訴人の取得分よりかなり多額となり、これに被控訴人自身の収入を加えれば控訴人の収入よりもはるかに多額になることが明らかであり、しかも、右のような収入により、控訴人は妻と二人の生活を維持していかなければならないのに対し、被控訴人は自分一人の生活を維持してゆけば足りるのである。以上のように、被控訴人は現在は自活していける状況にあると認められること、控訴人と被控訴人の収入と家族数、住居費の要否等からみた必要生活費とが著しく均衡を失している状態にあること、被控訴人は離婚に当たり既に控訴人から本件マンション及び預貯金五三四万円余の給付を受けていること、本件マンションは被控訴人の住居として使用されていて、売却は予定されていないにしても、本件契約当時でも二〇〇〇万円を超える価値を有し、現在ではそれが四五〇〇万円近くに値上がりしていること、控訴人が被控訴人に対して本件契約に基づく金銭給付を開始し始めた昭和六〇年一〇月から本件口頭弁論終結直前の平成二年四月までに控訴人が本件契約に基づいて被控訴人に対して支払うべき給料分及び賞与分は、右契約時の給料及び賞与の額を基礎として計算しても、給料分が月八万円の五五か月分四四〇万円、賞与分が年一三二万円の四年分五二八万円で、その合計は約一〇〇〇万円に達することに照らすと、被控訴人の本訴請求中平成二年五月以降も本件契約に基づき給料及び賞与分の支払いを求める部分は、権利の濫用に当たり許されないものと解するのが相当である。そして、前記認定のように、本件契約は、控訴人が律子と親密な関係になり、同人と結婚するため、これを秘して被控訴人に強く離婚を迫り、離婚を拒否する被控訴人に離婚を承諾させるために、控訴人の側から提案して締結されたものであることその他本件に表われた全事情を考慮しても、右判断を左右するには足りない。

控訴人は、被控訴人の本訴請求中本件契約に基づき住宅ローン分の支払を求める部分についても権利濫用を主張するが、<証拠>によれば、右住宅ローンはもともと控訴人が債務者となって金融機関から借り入れたものであり、かつ、本件マンションに抵当権が設定されていることが認められ、このことと合わせ考えると、本件契約における住宅ローン分支払の約定は、控訴人が被控訴人に対して離婚に伴う財産的給付として本件マンションを給付するに当たり、右住宅ローンを新たに引き受けたのではなく、もともと控訴人の債務であった右住宅ローンを控訴人において引き続き返済してゆくこととし、被控訴人に対しては右住宅ローンの負担のない本件マンションを給付することとし、ただ控訴人が確実に右住宅ローンの返済を実行するよう被控訴人が監視するため、控訴人から直接金融機関にこれを返済させるのではなく、控訴人から被控訴人に右住宅ローン返済資金を交付し、被控訴人からこれを金融機関に返済してゆくこととしたもの、すなわち、単に右住宅ローンの返済を控訴人から直接金融機関に対してするか、被控訴人を通じてするかその返済方法について約定したにすぎないものと解され、そのいずれにしても控訴人は右住宅ローンの返済義務を免れないのであるから、右約定どおり本件契約に基づく住宅ローン分の支払を引き続き控訴人にさせることは、なんら権利の濫用に当たらないものというべきである。

したがって、控訴人の権利濫用の主張は、被控訴人の本訴請求中平成二年五月以降本件契約に基づく給与分及び賞与分の支払を求める限度では理由があるが、その余は理由がない。

六 抗弁4について

控訴人は、本件契約に基づく金銭給付の約定は控訴人が右契約時の勤務先に引き続き雇用され、右当時と同額かそれ以上の給料を得ていることを停止条件とするものであるから、被控訴人の本訴請求中右給料の支払期日がいまだ到来していない停止条件未成就の将来の給付請求部分は認容されるべきでないと主張する。

そして、前記説示したところによれば、被控訴人の本訴請求中本件契約に基づく住宅ローン分の支払を求める部分は、将来の給付請求部分も理由があり、かつ、弁論の全趣旨によれば、あらかじめその請求をする必要があるものと認められる。しかしながら、既に認定説示したところから明らかなように、本件契約の約定中少なくとも右住宅ローン分支払の約定は控訴人に給料収入があることを前提とするものではないから、控訴人の右主張はその前提を欠き、失当である。

七 結び」

5  原判決一九枚目表七行目と八行目の間に次のとおり挿入する。

「そうすると、被控訴人の本訴請求は、昭和六三年一月までの未払額五一五万九〇〇〇円の内金五一五万三〇〇〇及びこれに対する昭和六三年二月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金、同年三月から平成一四年一二月まで毎月末日限り一か月六万円の割合による住宅ローン分、昭和六三年三月から平成二年四月まで毎月末日限り一か月八万円の割合による給料分(合計二〇八万円)並びに昭和六三年及び平成元年の各年末日限り一か年一三二万円の割合による賞与分(合計二六四万円)の各支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。」

6  原判決一九枚目表一〇行目に「事実」とあるのを「主張」と、「認める」とあるのを「採用する」とそれぞれ訂正する。

7  原判決一九枚目裏一行目及び二行目を削除する。

二  よって原判決中本訴請求に関する部分は一部不当であり、本件控訴中右部分に対する部分は右の限度で理由があるから、原判決を一部変更することとし、原判決中反訴請求に関する部分は正当であり、本件控訴中右部分に対する部分は理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田尾桃二 裁判官 石井健吾 裁判官 橋本昌純)

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